脊髄小脳変性症の初期症状に顕著なのが「複視」という症状である。
「
清澤眼科医院」というところのブログに分かりやすいエントリがあったので
トラックバック。平たく言えば物が2重に見える症状ね。
「601 脊髄小脳変性症3型( MJD, Machado-Joseph disease, SCA3)の眼症状」
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/kiyosawaganka/51050378
まだ、この脊髄小脳変性症という病気であることを知らなかった頃、車でサーキットを良く走っていたのですが、思えば、そのころ既に複視が始まっていました。その頃は極度の近眼で度のキツイ眼鏡をかけていたので、物が2重に見えるのは度があってないのが原因だと勝手に思い込んでいました。で、しばらく後にレ―シックの手術を受け裸眼で十分な視力を得るのですが、それでも、コースが2重に見える現象が完全に消えることはありませんでした。その時は、長年、眼鏡をかけた時の視界に脳が慣れているため、レ―シックにより得られる両眼の視覚情報の統合に脳が慣れていないのだと、これまた勝手に思い込んでいました。
ちなみにサーキット走行で物が2重に見えるというのは、ライン取りや、コーナーまでの距離感など、速く走るための全てにおいて、正確な情報を得ることができないので、致命的といえます。
特に、サーキット帰りに酷使した眼で夜の公道を走るのは、ほんとに眼を開けているけでも辛くて厳しかったなぁ。
病気であることを知った2007年は「(複視よりも)とにかくまだ身体が動くうちにサーキットを走りまくっておこう」と決意し、1年に30回近くのサーキット走行をこなしました。その時知り合ったサーキット仲間と共にアイドラーズのもてぎ12時間耐久や、菅生の3時間耐久レースにも参加しました。翌2008年は10回程度サーキットに行きましたが、とうとう2009年は、もてぎ12時間耐久の参加のみとなりました。もっとも、この年は無職になったときでもあったので、遊んでばかりもいられなかったというのもありますが・・・。このもてぎ12時間耐久でコースを走っているとき、下りのバックストレッチで、左右2台の間を抜いていくときに本当に怖かったので、当面、レース形式のサーキット走行を引退する決断をしました。2010年、2011年はフィアットフェスタでパイロンスラロームに参加したのみです。これは他車と同時に走ることはないので安心ではありますが、なにせコースの目印がパイロンなので、パイロンが2重に見える状態で、まともなコース取りができるはずもなく、当然タイムも良くはないのですが、まだ走れないことはないという事実に満足しています。
今現在、複視の症状を抑えることはできていませんが、例の
食事制限を始める前よりは確実に良くなっています。食事制限を始める直前(ほぼ一年前)は、夜に会社から帰宅するため車を運転している間だけで、眼が疲れきって瞼を上げておくだけで精一杯で、バックミラーを確認するのに眼を動かすことすらままならないという状態に陥ってましたから。今は少なくともバックミラーの確認くらいは普通にできています。
いつか鈴鹿サーキットを走ることができればいいなぁと思っています。
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