« 劇的3時間SHOW | メイン | 軽く告知 »

命日の頃

わしも後一か月もたてば42歳になる.いい大人である.

この年齢ともなれば,ご両親が健在でない方もおられるに違いない.
わしは幼児の頃に父親を失ったので,それに類する記憶は少ないほうだと思う.
が,鮮烈な情景とともに刻まれている記憶がいくつかある.

わしは父親の命日を知らない.


たぶん3歳の頃だろう.たぶんその頃は旭川に住んでいたはずだ.

家の中には,黒い喪服に身を包んだ沢山の大人と白木の棺.大人たちは一様に悲しみにくれていたようだが,幼児の心には,その感情を理解することはできなかった.白木の棺に入っている人物の顔は,幼児の眼には,たまにパン屋に飾ってあるパン生地で作った人物の似顔の様な印象であった.今までと全く違ってしまっているが,それが父親でありもう二度と動かないということは,幼児でもすっと腑に落ちた.
たぶん泣かなかったと思う.「どうしてお父さんは帰ってこないの」とか間抜けなセリフもはかなかったと思う.

太陽がまぶしく輝き,雲は地平線にわずかに見える.青い空と白いレースのカーテンのコントラストが鮮やかで.日射しは強く家の中の家具は黒い影を半面に作り出している.気温は高いが湿度は低いのかさわやかな夏のある日.その日は唐突に訪れた様だった.


今年は本格的な夏という期間に突入するかと思いきや,一気に気温が下がり,夏だけどキモチイイという日に巡り合わなかったような感じがする.今は,もう秋の気配が色濃くなってきましたしね.

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.87noki.com/bin/mt-tb.cgi/845

コメント (3)

>BeBopCat
小さい頃に失うと,それが当たり前の状況になってしまいますね.もし父親がいたら…という想像すらほとんどしませんでした.
わしの場合はついこの間という感覚はもちろん無くて,そういう時代も確かにあったんだという認識です.
よく考えたら,わしはわしの中で父親について尋ねることを無意識の内にタブー化していたようで,それが,いまだに命日を知らないということに繋がっています.

>たっき~
離れることができるのであれば,離れてもいいんじゃないかと思います.
たっき~さんの場合は,もう2人のお子さんを育てる立場にあるのだから,お子さんたちが,もし自分と同じ行動をとったとしても(そんなことは絶対に無いと断ずるのではなく),それが自分の中で納得できるのなら,それでいいと思います.
口で言うのは簡単な「相手の立場になって考えてみる」ですな.

私の両親はまだ健在ですが
両親とは、疎遠な関係です
イロイロな勘違いと、お互いの我侭と無意味な意地でした
父親の方には、10年程会わない時期がありました
母親の方とはこの先まだまだ会うことはなさそうです
次に会う時が、葬式だった、ってのは避けたいけど
どうしたら良いのか分からない今日この頃です

私は父を亡くしてからもうすぐ5年になります。長い様で、まだついこの前の様な感じもあります。幼い頃にお父さんが亡くなったというのは、また独特な感覚なんでしょうね。

コメントを投稿

 RSSリーダーで購読する

カレンダー

2008年09月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
Powered by
Movable Type 3.35