今日は朝起きてみても、どんよりと曇り。
30分もしないうちに雨が降り出した。障害者7級の申請書を病院に取りに行こうかと思っていたが、これで行く気はなくなってしまった。
そう思いながら、朝の着替え。
いつものロンドンスリムに足を通そうとして失敗。倒れると思いカウンターに両手をつくが、支えきれず、右手を床につき倒れる。右肩が押される様な鈍痛がする。部屋の中で倒れるのはやはり精神的にダメージである。身体の柔軟性も失われているから、各関節も痛めやすい。
2009/11/12に病院に行ってきた。
が、下肢障害の7級しか書けないと言われた。まぁ、それは予想の範疇。
平衡機能の障害に関しては耳鼻科の範疇だそうだ。ならば、耳鼻科の紹介をしてくれてもよさそうだが、、全くそういう素振りはなかった。
7級。「この段階でとっても「おいしみ」は無いでしょ」って言われた。当たり前である。
この7級にしたって「今、職がなくて障害者枠を考えているんです」という発言でやっとだ。といりあえず「書く」ということだ。なんの役にもたたない紙切れをだ。早く、この患者を返したいと感じても仕方なくないか?そう感じたので、それなら耳鼻科を紹介してくれと言うことすらできなかった。
今週になってから求職の方は、ジョブコーディネーターの方から具体的に面接まで行く案件が一件、個人的に応募した案件が一件、就職支援会社からの具体的な会社への登録が一件と、やっと動きを見せている。
ここしばらく求職活動をしている。
就職支援会社や人材登録会社の人は「自分でも動いていますか」と常に聞いてくる。もちろん「えぇ、まぁ、ぼちぼち」とは答えているが、PCで求職情報を検索するのも3日に一回もみればいい方である。
自分でも認めたくはないが、本当の本音をぶっちゃけてしまえば、もう働きたくはないのだ。
ぶっちゃけすぎだ。
なんだかんだで生きていくためには働かなくてはならないのではあるが、今の方針では、とりあえず、病気の事は会社には黙って潜り込み、機を見計らって伝えるというものだ。なるほど一理ある。しかし、自分の身体を鑑みて考えるのに、まとも働けるのはあと3年くらいかなと感じる。5年くらいは大丈夫かも。でも、10年は無理だろう。なのに募集要項はIT関連にしたってマネージメント職ばかり。まぁ40過ぎりゃそうだろうけど。40過ぎのPG職に600万も払うような企業はないよなぁ。よっぽど特殊なPG作っているのでもない限り。でも管理職って、その会社の仕組みややり方をよく知っていて確実にかじ取りしていかなきゃならないはずで、それを中途入社の人に任せる企業ってどうかと常々思うのよ。もしかしてリスクだけ背負わせて、成功すれば儲けもの、失敗すれば首切って他にすげ替えれば良いっていうことなのかなぁ。40過ぎてもその辺のことも分かってないわけで、なんにしても管理職なんて無理でしょ、とは感じている。
話がそれた。
まぁなんにしても、これから世話になるであろう会社(もちろん自分が会社に対して何かしてやろうなんて考えてはいない)に対して、隠し事、あるいは嘘をついてまでもぐりこんだあげくが、2、3年でまともに使えないと分かり、窮状を伝えるも「解雇」ということになったら目も当てられない。実際、それでクビになった例もネット上には散見している。
自分としても、パフォーマンスを調整しながら仕事をするのは精神的にも肉体的にも厳しいことは分かり切っている。
しかし、現状のまま、面接などで病気の事を伝えれば雇ってくれるところなどないだろう。
なので「障害者枠」はどうだ?ということである。
それには障害者手帳がほぼ必須である。
ネットで調べてみた。平衡障害の5級が「平衡機能の著しい障害」という定義になっている。具体例を探すと「閉眼で直線を歩行中10メートル以内に転倒あるいは著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないもの。」ということだ。実際にやってみたことはないが、できない自信はある。
なので、昨日、市役所の障害福祉課に出向き、申請書までいただいてきたということだ。主治医に相談してください、とのこと。当たり前のことではあるが、来週、通院に行ったときに相談してみる。
障害者手帳というお墨付きをもらえば、堂々と「障害者枠」で求職することができる。なんの気負いもなくなるわけだ。自分でこういうことを言ってしまうのもなんだが、実際のとこ健常者よりも何倍も生産性はあるだろうし、現状では障害者のなかでもまだまだ健常者に近いと存在だ。もっとも「進行性」であることに理解を示してくれる企業があるかどうかというのは問題ではあるが・・・。なんにしても隠すことが無いというのは精神衛生上よろしいし、企業へかける迷惑も少なくてすむはずである。
これで上手くいかなかったら、世の中をそういうもんだと思って、隠し事で騙しでもなんんでもして職にありつくしかないないですが・・・。
かといって、このままでは経済的に困窮してしまうのは目に見えている。
前回のエントリーを書いてから半年以上が経過した。
それこそ症状は緩慢にしか進んでいないが、その他の状況は変わっている。
まず無職だ。2009/07/31付けで会社を辞めた。というか、早期退職である。
まもなく3ヶ月であるが、身体のことを考えると気力がわかなかったりする。
いや、言い訳なのは分かる。が、客観的に考えれば誰もこんな人材は欲しくないだろう。
まだまだ、介護認定や障害者認定まではほど遠いが、10年もこのままでいられるとは全く思えないし、正直に書けば何をするにもおっくうだ。
今朝、友人からメールがきて眼が覚めた。メールの返信をしてよろよろとトイレにたった。「そういえば貧血は?」と考えた矢先、貧血が襲った。ただでさえ起き抜けは足がおぼつかないのに、引き戸に支えを求めるが引き戸が滑り支えの用をなさなくなり、身体は180度むきを変え、左腕のひじ(のやや上)を引き戸にしたたか打ち付け、身体は近くに積んであったダンボールにめりこんだ。すぐに立ち上がろうとして、また後ろに転んだ。
思えば、昨日は貧血がひどかったのだ。
起き抜けに気をつける。起立性貧血に気をつける。ただそれだけのことだ。
だが、これは、立ち上がれなくなるまでの毎日、いや、その瞬間瞬間、気をつけなければならない。さもなければ重大な事態に陥ることが正に実感できる。またストレスが増える。
今はまだ些細ではあるがこのような事がおきたときに、そばに見守ってくれる人がいないというのが精神的には一番ツライのかもしれない。
「些細」と書いたが、精神的なダメージはことのほか大きく、これは残しておかなければならないだろうと思い、朝っぱらから半年以上放置していたこのブログに記述しているのである。
ちなみに布団の中でASUS-S101から、これを記述している。
3月になってしまいました.
会社の方は2月から金曜休業となっており,これは今のところ5月までは続きます.給与も5%カットで,これは向こう1年間続きます.
身体の方は,順調に能力が低下しています.あらゆる能力が均等に弱まっていく感じです.
最近は眼の感覚が弱くなっていく感じが強いです.瞼を閉じて目を動かしても瞼に感じる動いている感覚があまり感じられなくなってきています.セレジストを飲んだ時は若干強くなるようです.
3月1日に今年初めてのバンド練習がありましたが,セレジストの効果か思ったよりも弾けていたのに驚きました.
先週,会社で久し振りにあったK嬢に「眼が大きくなったんじゃありませんか」と言われた.顔が痩せると眼が大きくなったように感じられることもあるだろうが,SCA3の症状に見られる「びっくり眼」が発現しているのかもしれない.
12月にエントリを残さないまま年があけてしまった.
遅ればせながらあけましておめでとうございます.
12月は四国を一周したり,菅生の180min耐久に参加したりした.
まだまだ遊ぶ体力が残っていると考えたいが,30日の夜には風呂につかりすぎ&冬休み入ってからごく少量しか食べていなかったため,本当にヤバイ状態まで陥ってしまった.トレハロースを口に含んで急場をしのいだ.
ギリギリ生きる体力しか残っていないことを痛感させられた.
正月には帰省し,元日に母を見舞った.
もう母の言うことはほとんど分からない.Yes/Noの簡単な意志表示方法くらい考えてほしいと思う.昔からそういうところに考えが及ばないのだ.文字盤も使うことはできなさそうだ.
個人的には自転車の乗り始めがかなり危なかしくなっていることを自覚している.
今年も無事乗り切ることができるだろうか?
2008/11/21
同僚のF氏にカミングアウトした.
